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大阪地方裁判所 平成12年(ヨ)10026号 決定 2000年12月07日

債権者

全日本港湾労働組合関西地方阪神支部

右代表者執行委員長

藤本弘和

右債権者代理人弁護士

前田修

松山秀樹

小泉伸夫

辰巳裕規

債務者

全港湾阪神支部美和コンテナー輸送分会

右代表者執行委員長

栄広樹

債務者

栄広樹

橋口博

小川正

川﨑心一

藤巻繁

江藤朝喜

水谷通夫

清原武弘

井上光雄

本山安夫

増本滋

右債務者ら代理人弁護士

北本修二

新井邦弘

七堂眞紀

主文

一  債務者らは,「全港湾阪神支部美和コンテナー輸送分会」の名称を使用してはならない。

二  申立費用は債務者らの負担とする。

理由

第一申立て

主文と同旨

第二事案の概要

本件は,労働組合である債権者が,全港湾阪神支部美和コンテナー輸送分会なる名称は,債権者が自らの分会の名称として専用してきたものであるとして,これを使用している債務者らに対し,その使用禁止を求めた事案である。

一  前提事実(争いのない事実及び証拠上明らかな事実)

1  当事者

債権者は,全日本港湾労働組合(以下「全港湾」という。)の地方組織たる全日本港湾労働組合関西地方本部(以下「関西地本」という。)に所属し,主として阪神地区港湾労働者で組織された労働組合である。債権者は,全日本港湾労働組合関西地方阪神支部の名称で登記されており,「全港湾阪神支部」の略称で自称し,債権者の下部組織である分会も「全港湾阪神支部某分会」との名称を使用して日常的な組合活動を行っている。

債務者全港湾阪神支部美和コンテナー輸送分会(以下「債務者組合」という。)を除く個人の債務者(以下「個人債務者」という。)らは,神戸港を中心に運送事業を営む美和コンテナー輸送株式会社(以下「美和コンテナー」という。)に雇用されている労働者であり,債権者の下部組織として組織されていた「全港湾阪神支部美和コンテナー輸送分会」(以下「債権者分会」という。)に所属する組合員であった。

個人債務者らは,平成12年1月10日,債務者組合を結成し,同組合の名称として債権者分会と同一名称を使用している。

2  債権者らの組合規約(<証拠略>)

全港湾,関西地本及び債権者の組合規約では,いずれにおいても,組合員に対する処罰として,戒告(ただし,債務者全港湾では「警告」となっている),権利停止,除名の3種が予定され,このうち,戒告(警告)及び権利停止は,各級の執行委員会が決定し,除名は当該執行委員会の申告により大会が決定するが,戒告及び権利停止の決定に異議のある者はその上級機関たる所属の大会へ,更に不服の者及び除名の決定に異議のある者は上級組織の機関へ不服申立て(ただし,控訴,提訴,抗告等用語は不統一である。)をすることができるものとされ,組合員は,罰則処分に対する上級機関への提訴,弁護の権利を有するものとされている(全港湾規約50条,54条ないし56条,関西地本規約54条,58条及び59条,阪神支部規約39条,43条及び44条)。

3  個人債務者らに対する権利停止及び除名処分とその後の経緯

(一) 美和コンテナーは,昭和60年に新設された会社であり,現在の最大株主は,債権者執行委員長藤本である。

美和コンテナーは,平成11年11月15日,債権者分会に対し,月額5万円の賃下げ及び年末一時金ゼロ提案を行った。

これに対し,債権者分会は,賃下げの撤回を求め48時間ストを行うことを決定し,同月30日の団体交渉で,右ストを通告した。これを知った債権者は,債権者分会に対し,右ストを承認できない旨通告したが,債権者分会は,同月2日及び3日の2日間にわたるストを実施した。

このため,債権者は,支部執行委員会で,ストに参加した個人債務者らを1年間の権利停止とする旨決定した。

(二) 個人債務者らは,平成12年1月5日,関西地本に対し,書面で右権利停止処分の撤回を求める「提訴」を行うとともに,藤本に対し,同人が美和コンテナーの実質的な使用者に当たるとして,団体交渉を申入れた。

そして,個人債務者らは,同月10日,新たに債務者栄を代表者執行委員長とし,債務者組合を結成し,同月11日付内容証明郵便で,美和コンテナー及び藤本に対し,新労組を結成したので賃金支払等を求める団体交渉を求める旨の申入れをしたが,これを拒否されたため,同月17日,同人らを相手方として,大阪府地方労働委員会に団交拒否等に対する不当労働行為救済申立てをした。

このような個人債務者らの行動に対し,債権者執行委員会は,同月14日,個人債務者らの除名を決定し,同日,同人らにその旨通知した。

個人債務者らは,債権者に対し,同月19日付書面で,権利停止及び除名の各処分に対し,同支部臨時大会へ「提訴,抗告」する旨通告したが,債権者は,同月23日に開催した右臨時大会で個人債務者らの除名を決定し,同月24日,同人らに対し,右決定を通知した。

その後,個人債務者らは,関西地本,全港湾に対し,順次右除名及び権利停止についての「提訴」を行ったが,関西地本及び全港湾とも,個人債務者らの脱退を確認したことなどを理由に,これを受け付けなかった。

(三) 個人債務者らは,いずれも平成11年11月以降の組合費を滞納している。

また,同人らは,いずれも平成12年1月17日,債務者阪神支部から闘争積立金の返還を受けた。

4  債務者らの名称使用状況

個人債務者らは,債務者組合結成後,「全港湾阪神支部美和コンテナー輸送分会」の名称で,藤本及び美和コンテナーに対する平成12年1月11日付内容証明郵便による団体交渉申入れを行ったほか,同月14日,17日,22日,23日,同年2月21日,同年3月15日,同月31日に神戸港,大阪南港その他で,数百枚のビラを配布するなどの宣伝活動をしたが,これらのビラには作成者組合の名称として右名称または「全港湾関西地方阪神支部美和コンテナー輸送分会」なる名称が用いられている。

二  当事者の主張(要旨)

1  債権者

(一) 被保全権利

(1) 個人債務者らは,これまでも債権者と敵対する行動をしてきたところ,平成11年1月10日に債務者組合を結成したとして,同月11日付内容証明郵便で,債権者に対し,団体交渉申入れをしてきた。労働組合の性質上,二つの組合への二重加盟ということはあり得ず,個人債務者らは債権者組合結成により債権者を脱退したものというべきであり,このことは,個人債務者らが平成11年10月以降の組合費を支払っていないことや闘争積立金の清算を受けていることからも裏付けられている。

債権者が,個人債務者らに対する除名処分を行ったのは,右脱退を踏まえたうえで,債権者に対する反組合的行動のため個人債務者らが組織から排除されたものであることを内外に明らかにする必要によるものであって,関西地本や全港湾も個人債務者らの脱退と債権者分会の消滅を確認している。

したがって,個人債務者らの債権者組合員としても身分は既に喪失されている。

なお,債権者が内部の組織運営について高度の自主性及び自立性を認められている労働組合であることからして,債権者がした右脱退の認定は最終的,完結的であり,これに関する紛争は法律上の争訟(裁判所法3条1項)には該当せず,裁判所はこれらを審査の対象にすべきではない。

(2) しかるに,債務者らは債務者組合の名称であるとして,「全港湾阪神支部美和コンテナー輸送分会」なる名称で街頭宣伝等を行っているが,右名称は債権者分会の名称だったものであって,債権者分会は債権者の一部にすぎず,したがって,右名称は債権者の名称である。

債権者は,法人であり,団体固有の人格的権利として自己を表示するものとして右名称を専用する権利を有しており,第三者である債務者らがこれと同じ名称を使用して団体の同一性に混同を生じさせる侵害行為をしている以上,その使用を差し止める権利を有する。

(二) 保全の必要性

債務者らは,本件申立て後も,債権者分会名を使用して債務者の各分会に闘争支援を求める文書を郵送したり,街頭でのビラ配布を行うなどしており,これらのため,関係各所から問い合わせや照会が多数寄せられるなど,債権者内部及び関係者間に多大な混乱が生じており,本案判決を待っていては取り返しのつかない損害が生じるおそれがある。

2  債務者ら

(一) 被保全権利

(1) 個人債務者らの債務者組合結成は脱退意思を表明したものではないし,組合規約にも二重加盟を禁止する規定はない。組合費は,給与からチェックオフされて数か月分まとめて納入することが以前から行われており,個人債務者らは平成11年12月初めになるまで,それ以前分の未納を認識していなかったし,その後は,債権者と権利停止処分の当否を争う関係になってその納入を一時見合わせていたところ,1月以降は収入の途を断たれ納入が困難になったものであり,支払意思を有しないものではない。闘争積立金も,平成12年1月14日,債権者から払戻の連絡があったが,その際,あわせて除名通知の受取りを求められたため,個人債務者らはこれを拒否した。その後,個人債務者らは,闘争積立金を受領したが,すでに除名通知を受けた後であり,目前の生活への不安からやむを得ない選択であったし,受領の際,脱退や除名を受入れるものではないことを明示した。個人債務者らは,債務者ら(ママ)を脱退する意思は有しておらず,なお,債務者ら(ママ)の組合員たる地位を有する。

(2) 債務者組合は固有の名称決定権を有している。債務者組合の名称は,「全港湾阪神支部」までは債権者の名称と同一であるが,「美和コンテナー輸送分会」が付されており,債権者それ自体を指すものでないことは明らかである。

債権者と債務者らが個人債務者らに対してなされた除名処分の有効性をめぐって対立する団体であることは,労働運動に関心のある者や大阪地区の港湾労働者の中では周知されており,社会的にみてその識別は容易である。

また,債務者らは,全港湾の本来の方針に従った組合活動を続けており,債権者分会と債務者組合とは実質的に見て同一であるうえ,右除名処分の不当,無効を主張しているのであるから,債務者らが債務者組合の名称として全港湾阪神支部美和コンテナー輸送分会を名乗るのは必然かつ相当である。

よって,債務者らの組合名称使用には何らの違法性もない。

(二) 保全の必要性

債権者に混乱が生じている点を否認し,保全の必要性を争う。

二(ママ) 主要な争点

以上の各主張によれば,本件では,被保全権利に関し,<1>個人債務者らの組合脱退の有無について司法審査権が及ぶか否か,<2>債権者(ママ)らが債務者(ママ)らを脱退したか否か,<3>債権者が,債務者らに対し,名称専用権に基づく組合名称使用の差止を請求できるか否か,が主要な争点であり,被保全権利が認められるときには,<4>保全の必要性も争点となる。

第三争点に対する判断

一  被保全権利

1  脱退認定に対する司法審査権の有無

当裁判所も,憲法28条による労働者の団結権保障の効果として,労働組合がその目的達成に必要かつ合理的な範囲においては,自主的かつ自律的な組織運営の権限を有するものであり,したがって,内部運営の問題に関する労働組合の自主的判断は十分に尊重されなければならないことを否定するものではないが,他方,いかに内部運営の問題であるとはいえ,その結果組合員の権利義務の有無,内容に重大な影響を及ぼす事項についてまで司法判断が一切許されないとするのは相当でないと考える。本件では,債務者らの組合名称使用に対する債権者の使用差止請求権の有無が問われているものであるが,その前提としては,個人債務者らの組合員たる身分喪失事由として債権者が主張する脱退の有無についての判断が不可欠であるし,脱退が認定できるか否かは個人債務者らの組合員としての権利義務の有無に直結する重大事項であるから,このような場合には司法判断が及ぶと解する。

よって,脱退認定について司法審査をすべきでないという債権者の主張は採用しない。

2  個人債務者らの脱退の有無

そこで,次ぎに,個人債務者らが脱退によって債権者組合員たる地位を喪失したかについて判断する。

(一) 前記前提事実に加え,疎明資料及び審尋の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

(1) 美和コンテナーは,阪神地区海上コンテナー輸送業者6社を統合した山一運輸株式会社が経営難に陥った際,同社の運送業を承継し,全日本港湾労働組合関西地方阪神支部山一分会の組合員のみを従業員として移籍されるなどして昭和60年に創設された会社である。同社創設時,分会名は改称されたが,その後も従業員は分会員のみである(ママ)

債権者執行委員長藤本は,美和コンテナーの大株主の死亡時及び商法改正に伴う増資の際に,右株主や会社側から株式買取の要請を受け,債権者役員にはかるなどしたうえ,個人資金で株式を取得し現在の同社の最大株主となっている。

(2) 美和コンテナーは,設立以来,業績不振を理由に従業員の一時金減額や賃金減額などを数度にわたって行ってきていたが,さらに,平成11年11月15日の団体交渉において,債権者分会に対し,月額5万円の賃下げ及び年末一時金ゼロの提案を行った。

これに対し,債権者分会は,右提案が分会員の生活を破壊するものであるとして,全員総会で,右提案の撤回を求め48時間ストを行うことを決定し,同月30日の団体交渉でスト通告をした。これを知った債権者は,三役会議ではかったうえ,同年12月1日付通告書で,同分会に対し,右ストは会社倒産に関わる重大事態であり承認できないこと,同分会がストを実施した場合は組合規約に則り除名処分もありうることを通告したが,同分会は,同月2日及び3日の2日間にわたるスト実(ママ)施した。

このため,債権者は,支部執行委員会で,ストに参加した債権者分会の分会員に対する処罰として1年間の権利停止を決定し,同月9日,右決定を書面で個人債務者らに通告した。

なお,美和コンテナーは,同月4日を休業として,個人債務者らに対する同日以降の賃金を支払わなくなり,同月6日,同人らに待機命令を出し,同月9日から15日にかけて会社の車両をすべて車庫から搬出した。そして,平成12年1月4日,社会保険料支払のために振り出していた60万円の約束手形を不渡りにし,同月13日付で社会保険の適用事業所全喪届を提出して,同月14日,大阪事務所を閉鎖した。

(3) 個人債務者らは,平成12年1月5日,関西地本に対し,書面で右権利停止処分の撤回を求める提訴を行うとともに,藤本が美和コンテナーの実質的な支配権を有する使用者に当たるとして,同日,藤本と美和コンテナーに対し,債権者分会との団体交渉を申入れたが,美和コンテナーは,同月6日,個人債務者らが権利停止中であることを理由に団体交渉には応じられない旨回答した。

また,個人債務者らは,このころ,債権者の各分会や関西地本各支部に対し,個人債務者らに対する権利停止処分の不当性や美和コンテナーの倒産が偽装であるとしてそれへの闘争支援を訴えるビラを郵送するとともに,神戸,大阪地域の海上コンテナー運送関係の労働者に同様のビラ配布を行うなどした。

個人債務者らが平成12年1月5日に関西地本に提出した右書面やこのころ港湾労働者らに配付したビラなどには,美和コンテナーの事実上の経営者は藤本であり,同人が執行委員長である債権者は労働組合法2条1号に該当し,労働組合としての資格を満たしていないなどと非難する記載がなされていた。

(4) 個人債務者らは,権利停止処分中であることを理由に団体交渉に応じようとしない美和コンテナーに対抗するためには労働組合を新たに結成するしかないとの考えから,同月10日,新たに債務者栄を代表者執行委員長として債務者組合を結成し,同月11日付内容証明郵便で,美和コンテナー及び藤本に対し,債務者組合を結成したので賃金支払等の団体交渉を求める旨の団体交渉の申入れをした。

そして,個人債務者らは,債務者組合後も,「全港湾阪神支部美和コンテナー輸送分会」名で作成したビラ配布などの組合活動を展開した。

このような個人債務者らの行動に対し,関西地本及び債権者は,同月13日付連名の債務者栄宛ての書面で,右11月11付(ママ)団体交渉申入書中の新労組結成加入の通知は,債務者ら(ママ)からの脱退の表明であること,新労組は債務者ら(ママ)とは関わりのないものであり,「全港湾」との名称を使用しないよう求めることなどを通告した。さらに,債権者は,同月14日,執行委員会において個人債務者らの除名を決定し,同日同人らにその旨及び闘争積立金の払戻を通知したが,同人らは闘争積立金の受領を拒否した。

藤本や美和コンテナーから団体交渉を拒否された個人債務者らは,同月17日,藤本らを相手方として,大阪府地方労働委員会に団交拒否等に対する不当労働行為救済申立てを行い,その帰途,債権者のもとへ赴いて闘争積立金の払戻を受けた(個人債務者らは,その際脱退するものではない旨明示したと主張するが,これを認めるに足る疎明はない)。

(5) 個人債務者らは,同月19日付の書面で,債権者に対し,権利停止処分及び除名処分に対する同支部臨時大会への提訴及び抗告を行う旨の申立てをした。

そして,債務者栄は,同月22日に開催された債権者の春闘討論集会に赴き,藤本に対し,再三脱退はしていないことを述べ,抗弁の機会を与えるよう求めたが,藤本からは,脱退したことになるなどを理由にこれを拒否された。個人債務者らは,右集会や翌23日に開催された債権者の臨時大会において,会場への入場をも拒否された。

債権者は,右臨時大会において,個人債務者らの除名を決議し,翌24日,同人らにその旨書面で通知した。また,同日開催された関西地本の執行委員会では,債権者から右除名とあわせて,分会員の別組織結成,脱退を理由とする債権者分会消滅の報告がなされた。

これを不服とする個人債務者らは,同年2月7日付書面で,関西地本に対し,除名処分についての地本大会への提訴及び権利停止処分についての地本執行委員会への提訴を行ったが,関西地本は,同月15日付書面で,同年1月24日の地本執行委員会で分会員全員の脱退による債権者分会消滅を確認したため個人債務者らの提訴は受け付けられないと通知し,同人らの右提訴状を返送した。

さらに,個人債務者らは,同年2月26日付書面で,全港湾に対しても,右同様の提訴を行ったが,全港湾も,同年3月6日付書面で,同月23日開催の中央執行委員会で,分会員全員の脱退の報告を受け,債権者分会消滅を確認しており,個人債務者らに提訴資格はないと判断する旨回答した。

(6) 債権者の組合規約38条では,組合員が脱退する場合の手続について,理由を明記した脱退届を支部執行委員会に届け出なければならないこととされているが,個人債務者らはいずれも脱退届を提出していない。

(二) 前提事実及び右認定事実によって判断する。

(1) たしかに,相容れない立場にある労働組合に二重加入するということは,それが重大な統制違反として除名処分の対象にはなるとしても,労働組合としての性質からして論理的におよそ考えられないこととまではいえず,したがって,対立労組の結成やそれへの加入が当然に脱退意思の表明になるものということはできない。債権者の組合規約では,組合員の脱退は脱退届の提出という要式性が要求されているところ,個人債務者らはかかる届出をしていないばかりか,債務者組合結成以前はもとより,結成後も,債務者栄が藤本に対し脱退意思はないことを言明して支部大会での弁明の場を要求したり,個人債務者らが権利停止や除名の処分の効力を争うなどして明示に組合員たる地位のあることを前提とした言動も行っていたのであるから,債権者としては,事態を明確化するため,脱退届の提出を求めるなどして脱退の意思確認を行い,個人債務者らがこれを否定するのであれば,統制違反の問題として適正な除名の手続をとるなどすべきであったというべきである。

(2) しかし他方,債権者分会は,債権者の下部組織でありながら,債権者の不承認通告を無視してストを決行するなどしたほか,債権者執行委員長藤本が事実上の美和コンテナーの経営者であるとして,債権者の労働組合資格を否定する主張を展開するなどしてきたのであって,債権者とは対立的な関係にあったし,このような対立状況の中で敢えて個人債務者らが債務者組合を結成したのも,債権者が下した権利停止処分を理由に団体交渉に応じようとしない美和コンテナーに対抗するためというのであるから,債務者組合結成は,結局,個人債務者らが右権利停止処分の制約から解放されることを企図し,債権者の指導,統制を離れて独自の労働組合活動を展開するための方策としてなされたものというほかない。個人債務者らが債権者の方針や権利停止処分に不服であったとしても,債権者組合員としてとどまる意思があるというのであれば,あくまで組合規約に則った不服申立て等の手続に従うべきであり,債務者組合結成という方策を用いることによって自らこれを放棄し,債権者の指導,統制に反する独自の組合活動を展開したことは,単なる対立組織への二重加盟というにとどまらない個人債務者らの積極的な離脱意思の表明を含むものであったというべきである。

加えて,個人債務者らは平成11年10月以降の組合費を滞納し続ける一方,闘争積立金の返戻を受けているのであるが,同人らの主張によっても,同年12月初めころには組合費の滞納に気付きながら,債権者との軋轢を理由に敢えてその後もこれを放置していたというのであるし,また,闘争積立金の返戻も,除名処分は受け入れられないとして一旦はその受領を拒否したとはいうものの,その後,債務者組合員の立場で藤本や美和コンテナーを相手とする大阪府地方労働委員会への不当労働行為救済申立てをした当日,任意に受領に赴いており,個人債務者らは,債権者が組合員たる身分の喪失に伴う清算として払戻しをする趣旨であることを熟知したうえで自発的にその返戻を受けているのであって,これら一連の行動も,個人債務者らが債権者から離脱する意思であったことをより鮮明にしている。

個人債務者らは明示に脱退という表現をもってその意思表明こそしていないものの,同人らの右一連の行動は,債権者組合員としての地位を自ら否定するものというべきであって,黙示に脱退の意思表明がなされたものと解される。

また,債権者の組合規約では,脱退には脱退届の提出が義務づけられているが,これは組合員の恣意的な脱退を抑制するとともに,組合員の把握を確実に行うとの趣旨で定めているものと考えられ,債権者が自ら組合員の脱退を判断し,認定する場合の不可欠な要件であるとは解されない。

債権者は,右認定のとおりの個人債務者らの言動から同人らが債権者を脱退したと判断したというのであるから,その判断には相当な理由があるというべきであり,個人債務者らは,債務者組合結成の通知により債権者を脱退し,もはや債権者組合員たる地位を有しないものと認められる。

3  債権者の差止請求権の有無

労働組合が個々の組合員から離れた独自の社会的活動を行っていることからすると,その名称には他との識別機能のみならず当該労働組合に対する社会的評価も内包されているというべきであり,労働組合は,人格権の一内容をなすものとし自己の名称を専用的に使用する権利を有し,正当な理由のない冒用者に対してはその差止を求めることができると解する。

債権者がその名称で登記された労働組合であることは争いがなく,疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,債権者分会は,法人格はもとより,独自の団体交渉権や労働協約締結権を有しない債権者の下部組織として存続した者であったが,個人債務者らの脱退により消滅したことが認められる。そして,債権者分会の債権者組織内における右のような地位からすると,債権者分会は債権者から独立しない単なるその一部組織にすぎないと解され,従って,債権者分会の名称として使用されていた「全港湾阪神支部美和コンテナー輸送分会」なる呼称も債権者の一部組織を表示するものであって,結局のところ,債権者の名称というべきである。したがって,債権者は右名称について専用使用権を有すると解される。

他方,債務者らが,右名称を債務者組合の名称として使用し,ビラ配布等の組合活動をしていることは争いがないが,債務者らがこの名称を選択したのは債務者組合が債権者分会と実質的に同一であり,全港湾の本来の方針に従った活動をするためというのであるから,債務者らは右名称の使用によって自らが全港湾に所属する労働組合であり,その組合員であることを外部に表明しようとしているものというほかない。

しかるに,前記のとおり,個人債務者らは債権者を脱退し,全港湾からも債権者分会の消滅を確認されている以上,債務者らにはもはや全港湾の組合員であることを自称する何らの権利もないのであって,債務者らの右名称の使用は債権者の名称専用権の侵害以外の何ものでもなく,したがって,債権者にはその差止を求める権利があると認められる。

4  以上によれば,被保全権利については疎明がある。

二  保全の必要性

債務者らは,前記前提事実記載のとおり,「全港湾阪神支部美和コンテナー輸送分会」を使用したビラ配布等をしたほか,疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,本件申立て後においても,右名称を使用してのビラ配布や債権者各分会等への支援要請,右名称を記載した紙を貼り付けた宣伝カーでの街頭宣伝などを行っていること,このため,債権者では,関係団体などから問い合わせなどが多数寄せられ,その対応に負われるのみならず,内部紛争の存在,あるいは,会社潰しをした組合であるなどを理由に組合加入を拒否されたこともあることなどが認められ,これらによれば,債権者の団結が阻害され,またその社会的評価にも影響が及んでいるというべきあり,債権者の債務者らに対する右名称使用の差止請求権を保全するため,現在及び将来の右名称使用を差し止める必要があると認められる。

(裁判官 松尾嘉倫)

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